第十二夜

うお座 ―

登場人物―さかな、ぼく、アナグラム、マリア像


走り回って喉が渇いたのでナイル川のお水を ― ゴクゴク。と飲んでいると、向こうのほうで水面に映った空がはじけて、お魚がピョ〜ンピョ〜ンと飛び跳ねました。さざ波がたって、星がゆれてぼくの方まで伝わってきます。

― こんばんは、お魚さんたち。

― こんばんは、ゲクラン。

― ティフォンってそんなに恐ろしいの。

― うぅん、すっごい恐ろしいよ。想像できない全ての恐ろしいものでできているんだよ。それよりお父さんに伝えて欲しい事があるんだけど。

― なぁに?。

― ゲクランのお父さんが指輪と魚について調べていただろう。

― 少し違うよ、指輪と魚とキリスト教とについて、だよ。

― お父さんはいろいろ教えてくれた。

― えっと、指輪が捨てられるのは水の中とか、それをお魚さんが拾うんで大変なことになっちゃうとか、・・・・。

― ローマ法王がつける指輪が、フィッシャーマンリングと呼ばれ、初代法王のペテロが漁師だったことに由来するのはいいとして、なぜ初期キリスト教のモティーフに二匹の魚が出てくるのか、知りたがっていただろう。

― うん、聞いたことある。

― それがね、アナグラムなんだよ。

― あなぐらむ?。

― 文章の中の文字を抜き出して並び替えると、その文全体を言い表す言葉や文になる遊びだよ。

― ふぅ〜ん、

― ギリシャ語で『救い主、神の子イエス=キリスト』の頭文字を順に並べると、イクトゥスと言って魚という意味になるんだ。

― だから、コプトの十字架にお魚さんがいるの?。

― そう、お母さんとここで遊んでいてティフォンが来たとき、リボンで体を結んで逃げたんだ。そのリボンが親子の絆を表すんだ。

― ううん、ぼくも怖い所ではリーシュで結ばれてる。

― それでね、親と子の絆は愛なんだ。子は親の愛を求め、親は愛を与える。救い主とか三位一体とか子羊とか言う考え方の基になっているんだよ。

― お魚さんとキリスト教とギリシャのお話がつながったね。

― それから、キリスト教がヨーロッパに広がって言葉が、ラテン語や他の国の言葉に代わっていって、ぼくたちは魚からイエスと母さんのマリアに代わっていったんだよ。

― ふぅ〜ん、だからヨーロッパの国ではお魚さんより、マリア様の像が多いんだ。キューピットもいるね。

― 黒いマリアもいるよ。

― ふぅ〜ん、ありがとう。お父さん喜ぶと思うな。

― どういたしまして。おとうさんによろしく。

最近はそうでもないけどお布団に入ると、すぐ明くるなってきます。

カラスが鳴いたり、鳥が窓に来たり、新聞配達の人が来たりします。ぼくはときどき目が覚めて、置いてあるお水を飲みます。

そしてお父さんの顔を舐めたりします。お父さんは ― ゲクラン、寝ようよ。と言ってぼくを引き寄せます。

窓の蔦を通して朝陽が部屋の中を照らしています。蔦の陰が向こうのカーテンで風に揺れています。お母さんの上でも揺れています。

影を追いかけてパクパクやると ― ゲクラぁ〜ン。とお父さんにまた体を引き寄せられます。

それからお母さんの寝息が聞こえます。お母さんにはいつも足か尻尾をつかまえられています。お母さんの寝息は、お父さんのと重なります。

部屋の中で大きい蔦の葉がゆっくり揺れて、小さい葉が小さく揺れ合います。

ぼくたちはそれを吸っては吐いて、吸っては吐いて影と一緒に重なり合って、陽が高くなるまでまどろみます。ぼくたちはうお座のお魚のように繋がっています。

 

おわりに寄せて


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