En ete夏の夢


っきにそこいらじゅうで花が咲いて、春が過ぎていきました。

そして梅雨がきて背が伸びたぼくは、窓の桟にあごを乗せて雨の降る日をしばらく過ごしました。

そういう日はとても退屈で仕方ありません。夜になると雨もあがって、少し涼しくなるので公園に連れて行ってもらいます。

雨上がりのあとはみんなは来ないことが多く、お父さんの自転車を追いかけます。

お母さんは重要なオークションがあると言って、コンピューターの前から動きませんでした。

すぐ蒸し暑くなるし、羽虫が体について走りたくなくなります。

そうするとお父さんの自転車はどんどん遠くなって見えなくなったりします。

意地悪なお父さんは途中で隠れていたりします。まだ小さい時いちど公園ではぐれたことがあります。

間違えて他のおじさんの自転車について行ってしまって、お父さんがちっとも出てきてくれなかったので、ひとりでお家に帰っちゃいました。

でも今は、見えなくなった所で止まって、耳を立てて物音を聞いて、鼻を上に向けて匂いを探します。

たいていお父さんは息を殺して、近くに潜んでいます。

じっとしてがまんしていると、空気の流れとかで居場所がわかります。

お父さんを発見すると凄く褒めてもらえます。

でも風が強くて物音がすると、とても解かりづらくなるし、それより怖くなって、ついクゥ〜ンと声が出ちゃったりしてしまいます。

すると"今鳴いていたんじゃない?"ってお父さんが出てきます。

ぼくは"違うもん"と言って、うんと速く走ってお父さんの自転車と競争して抜いてやります。

するとお父さんは方向を変えてまた隠れたりして、仕返しします。

枝遊びに使う枝を木立の中でぶっしょくしているときは、お父さんにとってまたとないチャンスです。

そういうときは注意して横目で見ながらの作業になってしまって、拾い上げるのを失敗してしまうこともあります。

走りながら両方やるのは、"パン食い競争"並みに難しいものがあります。

梅雨の時期は強い風があったり、雨上がりの地面から白い霧がたったりします。

風の強い日は怖いです。

公園が意地悪をします。

どこかでパタパタ音を鳴らしたり、木が動いて気味悪くさせます。

そういう日は誰もいないので、お父さんも長居せずに早々に公園をひきあげます。

霧のある日は公園はやさしく包んでくれます。

ときどき人が急に現れてお父さんはびっくりしていますが、ぼくは"人が来るよ"って教えます。

そういう日はかくれんぼはしないで、鬼ごっこをします。お父さんはすぐ疲れてしまうので二人でベンチやコンクリートの上に座ります。

水銀灯に照らされた辺りの木々が、むぉ〜っとして幻想的です。

向こうの水銀灯のほうではフットサルをしているお兄さんたちが、ぼやけた影絵のように薄くなったり濃くなったりします。

お父さんはぼくを抱えるように座って、"なんだかふしぎだよね"って言いました。

それから加藤和彦がサデスティック・ミカバンドをやる前にソロで出した『不思議な季節』という歌を教えてくれました。

ずいぶん昔の曲で全部の歌詞を思い出せなくて残念そうでした。

春夏秋冬がなぜ不思議なのか、ぼくにはその歌詞がよく理解できなかったけど、お父さんは季節にははっきりした境目がなくて、

宵闇がせまる時刻や夜が白む時刻や日付けが変わる頃には、

別の季節を予感して惜しんだり、その季節が独楽が澄んで止まっているように感じるときがある事を教えてくれました。

それから、"エンゲルスの弁証法"的な言い方になっちゃったなぁ〜"と頭を掻いて立ち上がり"もっとリリックなんだけどねぇ〜。

さぁ、かえろうか"って言いました。

こうもりが飛び交って、ヒキガエルがモグラが盛り上げた土の上いて、羽虫がいて、木々の葉は昼間の日差しに負けないよう硬くなっていきます。

地面から立ち上がった霧がそれを包んで、風が濃くしたり薄くしたりして通り過ぎていきます。

それから少し経ってぼくはお父さん言ったリリックを体験することになります。

今年の夏はひどく暑くて、まだまだ暑い日が続いていたお盆休みに、

お父さんが今年の夏はどうしても鮎をお腹一杯食べる、そしてぼくと川で泳ぐと言い出したので、

ザクちゃんのお母さんに頼んで田舎へ親子3人連れて行ってもらいました。

帰る日の夕方涼しくなってから、足助の灯篭を見に行きました。

足助は山間にかかる古い宿場町で、昔ながらの街道沿いの家々の入り口に少し細身の背の高い灯篭をだして、

その横には上に垂れかかるように質素な短冊で飾られた笹が、たけ掛けられていました。

まだ薄明るい薄暮の中に灯されているか、どうかわからない灯篭が、

だんだん暗さを増す町並みに溶け込むように明るくなってゆき、

笹に赤とんぼが止まっては揺らし、また川風が吹いて揺らして、

ぼんやりと明るさを増してゆく灯篭が軒下の笹の影を揺らして、

狭い街道をやさしい光で包みました。

そのなかをザクちゃんと並んでみんなで歩いて行きました。

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