第九夜

いて座 ― 矢を射ると言う哲学的考察

登場人物―ケイローン、ぼく、バル、ジョナサン


― 小さき者よ。

― あぁっ、ケンタウロスのケイロンさん。銅像かと思った。

― 小さき者よ。ケイローンだ。

― ケイローンさん、こんばんは。

― こんばんは、小さき者よ。

― ふうぅん。ぼく、小さいとも言われるけど、大きいとも言われるよ。

― 小さき者よ、ときによって大きくもなり、小さくもなるのか?。

― いいえ、ケイローンさん。ぼくはいつも同じです。

― すると何が大きくなり、小さくなるのか、何が違うのか、考えてみよ。小さき者よ。

― ふうぅん、言った人が違います。そ・それと比べたものが違います。

― そうだ、カニやサソリに比べればよほど大きい、がライオンに比べれば小さい。― そうです。

― では、同じ犬族の中では最も大きい犬種と言える。ならば如何なる理由でその言説が成立するのか、小さき者よ。

― ふうぅん、む・むずかしいです。ケイローンさん。

― 小さき者よ、よく考えて見なさい。

― うぅんと、うぅんと、えェっと、一人一人みんなと比べていけばわかります。

― では、二人の親友のうちのフレブルのバルバはどうだ?。小さき者よ。

― バルバはう〜んと小さい方です。

― ならば、もう一人のアイリッシュのジョナサンはどうだ。小さき者よ。

― ジョナサンならふつうより少し大きいかもしれません、ケイローンさん。

― バルバは何かと比べたのか?、小さき者よ。― ぼくとです。

― ではジョナサンはどうだ?、普通と言うのは誰のことだ?。

― 誰でもありません。いろんな人のことです。ケイローンさん。

― バルは最初から既に小さき者として明白であったな。

― そうです、ジョナは・・・・・。― そうジョナサンは迷ったな、だから誰でもない架空の者と比べた。

― はい、そうです。ケイローンさん。

― その普通の誰でもない、或いは何にでもない架空のものを基準と言う。プラトンはそこに理想を介入させ、愚かにもイデアと呼んだが。

― む・むずかしすぎます、ケイローンさん。― そうか、思わず興奮してしまったようだ、ゆるせ、小さき者よ。

― しかしこれだけは覚えておくのだ、小さき者よ。― な・なんですか。

― 比べるものが、それを経験と言うが、多ければ少なきものとは森羅万象見えているものが、まったく違ってくると言うことだ。しかし、それに頼ってはならぬ。めったな事を言ってはならぬ、小さき者よ。

― はい、わすれません。ケイロンさん。― ケイローンだ。小さき者よ、ところでわたしを銅像かと言ったな。

― はい、ケイローンさん、ここで何してるんですか?。― 弓を引いている、なぜ聞く?。

― じっとして動かないから、的は何なんですか。

― 的は何もない、または全てである。そして、わたしの右手の指が矢を放つ事はない。わたしは既に的を射抜いているのだ。

― ふあ〜ぁっ、そ・そうですか!。― 何故か、考えてみよ。小さき者よ。

― ?!・・・・・・・。お空がだんだん白んできました。ぼくは『やっとかいほうされそうだ』と思いました。

― そろそろ行かねばならぬようだ。残念だが、明日にしよう。明日ここで待て。― えぇっ、ケイロンさん!。

― ケイローンだ。さらば、小さき者よ。

 

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